悩める青少年の夜 前編






 ショックだった。あいつ、御影流架が茉莉に告白した。その上頬とは言えキスまでして。当然だが、茉莉は嫌がらなかった。
 俺がキスすると、あんなに嫌がるくせに・・やはり茉莉はまだあいつが好きなのだと実感させられる。

 いつか振り向かせてみせると思っていた。何があっても彼女が好きだと。――だが、俺の中に僅かだが諦めの感情が湧いてしまった。

 こんなに好きなのに。それを分かっていながら他の女とデートしろと言う残酷で愛しい少女。
 目の前で仲の良いニ人の様子を見せ付けられて、俺はどう足掻いてもニ人の間には入れないのだと絶望しそうになる。

 茉莉もまだあいつが好きだ。きっと、告白に応えるだろう。そうなると・・俺は・・俺はどうすればいいんだ。
 これまでなら奪い取ってやろうとも思うだろう。だが、もう――疲れた。報われない片想いをし続けるほど俺は強くはない。


 いっそ、彼女を諦めようか。彼女の望むように義弟として振舞う――?
 答えなんて既に分かっている。そんな事、出来るわけないんだ。傍にいれば嫌でも恋しさ、苦しさは募る。

 だったら、離れてみようか、彼女から。同じ屋敷に住んでいるとは言え避けようと思えば避けられるはずだ。
 離れてみて、どうなるかは俺でも予想出来ない。ますます恋しさが募るのか、はたまた薄れるのか。

 ・・俺が急に離れたら、茉莉はどうするだろう?清々する?少しは、寂しいと思ってくれるだろうか。
 押しても駄目なら引いてみろ、とは恋愛にも当てはまると昔聞いた事がある。アプローチをかけすぎても逃げていくだけで、逆に距離を置けば相手は追いかけてくる、と。

 まさか、と思うがもう他に手は思いつかない。俺の気持ちを確かめるためにも一度彼女から離れてみよう。




 ――と、決めて早三日。俺は既に限界を感じていた。今までそうして来たように夜遊びに出ても、もうあの頃のようには振舞えない自分がいる。
 女は数多擦り寄ってくるが、どんなに美人でもスタイルが良くても俺には全て同じように霞んで見える。

 キツイ香水の臭いが疎ましい。思い出すのは彼女の黒髪から香る爽やかなシャンプーの匂い、眩しい太陽の暖かさ。

 「ねぇ?この後・・・どうする?」

 耳元で囁かれる艶っぽいそれに現実に引き戻される。横を見ると、見覚えのない女が腕に巻きついて体をすり寄せていた。

 「・・・何が?」
 「え〜?聞いてなかったの?だからぁ、この後なんだけど・・」
 「あー・・俺、用事あるんだ。帰るわ」

 立ち上がって女の腕をやんわりと振りほどく。前までの俺ならこんな事はしなかった。誘われるままにホテルでもどこでも行っていたはずだ。

 心外だとばかりに文句を言う女を振り返る事無く店を出る。
 時計を見ると、既に日付が変わっていた。だが、屋敷に帰ろうと言う気にはならない。あの屋敷にいるとどうにかなりそうになるからだ。
 俺と茉莉の部屋は近い。鍵もかかっていない彼女の部屋に行くのは驚くほど簡単だ。壁を何枚か隔てて彼女がベッドで寝ていると思うだけで気が狂いそうになる。

 「・・野獣か、俺は」

 欲求不満なら先程の女を抱けばいいのに。だが、それでは駄目だともう分かっていた。俺が欲しいのはただ一人――茉莉だけだ。

 駄目だ、好きだ。この想いは離れても消えない。思い知らされた。それどころかどんどん増していく。

 会いたい。彼女に、茉莉に、酷く、今、会いたい。




 「お帰りなさいませ」

 屋敷に帰ると数人のメイドに出迎えられる。彼女達に荷物を預けてすぐに自室に向かおうとするが、その前に一つの扉の前で立ち止まる。

 ドアの向こうにいるのは彼女だ。一切音が聞こえてこないのでもう寝てしまっているのだろう。
 そっとドアに手を置いて、撫でる。

 「茉莉・・・」

 今、何を夢見てる?











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